メンタリティー

時の流れは早いものだと最近ではつくづく感じる今日この頃です。
あの忌まわしい事件から33年も経ってしまいました。
そして今月の2日、母を見送る事になりました。波乱に満ちた92年間でした。小さな身体ですが精神的には僕にとっては
大きな存在です。
33年前の事、母を見送ったつい先ほどの事を思うがままに書き綴ってみます。
人は何故 人を殺すのか? 人は何故 亡くなるのか?
何れも人が亡くなると云う事は悲しい事、寂しい事だと思います。
「汝、殺すことなかれ」と云う戒律があります。
人間社会の根本的な規範として考えられて来たけれども一方でタブーを侵犯する欲望を誘引させるものとしてとらえる事ができます。
確かに旧約聖書の世界の「カインとアベル」の物語は殺人の原型と云っても良いほど…、
そこで最も大切なのは行為そのものよりもそのベーシックなメンタリティーについて考えなければならないと思います。
科学の進展著しい時代の昨今 生命さえも複製可能なな時「殺す」と云う言葉の意味が変わって来ます。
むしろ肉体よりも心に傷をつけた方が刑事責任を問われるかも、
複製可能な肉体をいくら抹殺しても何の意味を持たなくなる事になってしまうからだと思います。
例えば何らかの犯罪によって被害を受けた場合、信じていた人に酷い仕打ちを受けると云う様な心的なショックの方が
身体的な傷より大きいかも知れない。むしろこれからはそう云った意味での外傷体験に対する度合いが犯罪の重大性を帯びて来る様な気がしてなりません。
人間にとって一番大事な価値は何かと云う意味では物からやはり精神的なものへと移行しつつある様に思えてなりません。

自分自身でも分かった?様で、分からないような?事になってしまいました。
人の死に接した事で思いついた事を綴ってみました。更にじっくり考えてみたいと思っています。

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プロフィール

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愛知県出身 1983年愛知県「半田保険金殺人事件」で末弟を殺され、事件後十年目、加害者と被害者遺族として異例の面会に臨む。以後、彼の死刑停止および面会継続を求め活動を開始、現在は死刑制度に深い関心を寄せながら犯罪被害者の救済支援および確定死刑囚との面会の自由を主張し講演活動など行っている。2010年脳梗塞を患い,
言語・右半身を失い活動を一時休止に追い込まれましたが2013年に復活,現在は『宮崎事件』、 冤罪と云われる『福岡事件』に取り組んでいる。「望むのは死刑ですか…、」シネマトークに参加する。

著書に「弟を殺した彼と、僕」ポプラ社、2004年8月・・など、
ー被害者と加害者との出会い考える会ー
「Ocean」を設立。

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