紐を解いてみました・・、死刑。

死刑とは、周知の様に一人の人間の生命を奪いさり、その存在を否定すことを目的とした刑罰である。したがって、いつの時代においても死刑制度はその存在意義を問われ続けて来た。「人が人を殺してはならないと云う道徳的規範や人道主義と常に対立してきたのである。現在、死刑制度はその合理性、正当性が再検討されようとしているが、以前として死刑制度を望む根強いいけんもあある。云うまでもなく、死刑の問題は人間の生命に問題であり、法律や刑事政策ばかりでなく、私たちの生命にたいする価値観や宗教的信念が問われて問題なのである。日本
における死刑の歴史はさかのぼる事、大化改新以降、唐の律令を継受して法基盤がなされるが、これにより初めて、刑罰としての死刑が定められた。、聖武天皇の詔によって、死刑はことごとく流罪に流罪は徒刑になった伝えられているこのことは,聖武天皇が奈良の大仏建立を発願した天皇であるなど、彼が熱心な仏教徒であったことと無関係ではない。
これ以後、保元のまで、346年間にわたって、刑種としての死刑が存在しながら、実際に死刑が行われていない状態が続いた。このことは仏教思想が国民に浸透したのみならず、国民性の温和さがあったとされる。
この保元の乱えお機にして武士が台頭し武力を背景にしたで政権を巡る争いは、多くの殺伐とした事件を引き起こしてて行く。
中世以降、刑罰は今後の見せしめや懲らしめの要素が強くなり、死刑も磔やさらし首など、苛烈を極めるようになってくる。
これらは中世の「御成敗式目」「御定書百箇条」など、武家政権下で法的に整備され、種種の死刑が規定されていくのである。
やがて、明治維新とともに、刑罰についての寛恕の思想が取り入れられるようになる、
ヨーロッパ諸国においては、死刑をする国が相次ぎ、我が国でも死刑を廃止すべきとの意見や、死刑は威嚇の効果は少なく殺伐とした精神をだすなどの弊害があるとの意見があった、現在、世界の国々半分以上が法律上または事実上死刑を廃止しており、因みに、日本政府の反対理由は、「死刑は各国の国内事情、犯罪状況を考慮して総合的に判断すべきもので、一縷に存否を迫る決議は好ましくない」と云うものである。

賛否両論はあると思いますが・・・・、皆さま方はどう思われたんでしょうか?














コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

FC2USER735203ASP

Author:FC2USER735203ASP
愛知県出身 1983年愛知県「半田保険金殺人事件」で末弟を殺され、事件後十年目、加害者と被害者遺族として異例の面会に臨む。以後、彼の死刑停止および面会継続を求め活動を開始、現在は死刑制度に深い関心を寄せながら犯罪被害者の救済支援および確定死刑囚との面会の自由を主張し講演活動など行っている。2010年脳梗塞を患い,
言語・右半身を失い活動を一時休止に追い込まれましたが2013年に復活,現在は『宮崎事件』、 冤罪と云われる『福岡事件』に取り組んでいる。「望むのは死刑ですか…、」シネマトークに参加する。

著書に「弟を殺した彼と、僕」ポプラ社、2004年8月・・など、
ー被害者と加害者との出会い考える会ー
「Ocean」を設立。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
ocean
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

天気予報

-天気予報コム- -FC2-
こねこ時計 ver.3
CATS
Sweets
RSSリンクの表示
検索フォーム
QRコード
QR