死刑とは・・、

多様化する社会おいて、人が様々に理不尽な形で殺されていく現実は事件の経緯は勿論であるが、その犯人が罪をどのように問われ、どのように償うかなど、事件の度に論議をよんでいる。死刑とは、周知のように一人が人間の生命を奪い去り、その存在を否定する事を目的とした刑罰である。いつの時代においても死刑制度はその存在意義を問われ続けてきた。『人が人を殺してはならない』と云う道徳的規範や人道主義と常に対立して来たのである。現在、死刑制度はその合理性、正当性が再検討されようとしているが、残念な事に依然として死刑制度の存続を望む根強い声もあるのは事実である。いうまでもなく、死刑の問題は人間の根幹にかかわる生命の問題であり、法律や刑事政策ばかりではなく、私たちの生命に対する価値観や宗教的信念が問われている問題なのである。日本おける死刑の歴史は大化の改新以降、、唐の律令を継受して法基盤の整備がなされるが、これにより初めて、刑罰としての死刑がさだめられたのである。七世紀初頭、聖武天皇の詔によって、死刑はことごとく流罪に、流罪は徒刑にと軽減されている。この事は聖武天皇が奈良の大仏建立を発願した天皇であるなど、彼が熱心な仏教徒であったこととされている。これ以後、平安時代の保元の乱までの三百五十年間にわたって、刑種としての死刑が存在しながら、実際に死刑が行わない状態が続いた。保元の乱を転機に、武士が台頭し武力を背景にした政権を巡る争いは、多くの殺伐とした事件を引き起こしていく。中世以降は、刑罰は今後の見せしめや懲らしめ的要素が強くなり、死刑も磔やさらし首、釜ゆでなど苛烈を極めるようになっている。近世になると『御定書百箇条』など、武家政権下で法的に整備され、種々の死刑が規定されていく事になる。やがて、明治維新とともに、刑罰ついての寛怨の思想が取り入れられるようになる。その頃、西欧諸国では死刑を廃止する国が相ぎ、明治になり公布された現行刑法が、その後の帝国議会に刑法改正案として、死刑制限案や廃止案が提案されるが、採択されることはなく、死刑については、従来の絶対法定主義のほかに、選択刑主義を入れるにとどまったのである。現在は世界のほとんど半分に当たる国が、法律上または事実上、死刑を廃止しているという。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

FC2USER735203ASP

Author:FC2USER735203ASP
愛知県出身 1983年愛知県「半田保険金殺人事件」で末弟を殺され、事件後十年目、加害者と被害者遺族として異例の面会に臨む。以後、彼の死刑停止および面会継続を求め活動を開始、現在は死刑制度に深い関心を寄せながら犯罪被害者の救済支援および確定死刑囚との面会の自由を主張し講演活動など行っている。2010年脳梗塞を患い,
言語・右半身を失い活動を一時休止に追い込まれましたが2013年に復活,現在は『宮崎事件』、 冤罪と云われる『福岡事件』に取り組んでいる。「望むのは死刑ですか…、」シネマトークに参加する。

著書に「弟を殺した彼と、僕」ポプラ社、2004年8月・・など、
ー被害者と加害者との出会い考える会ー
「Ocean」を設立。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
ocean
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

天気予報

-天気予報コム- -FC2-
こねこ時計 ver.3
CATS
Sweets
RSSリンクの表示
検索フォーム
QRコード
QR