いつまで続く?死刑制度…、

札幌、宮城、東京、名古屋、大阪、広島、福岡、現在は七カ所によって死刑執行が行われています。
受刑者への死刑執行の言い渡しは施設や死刑囚によって事なる場合もありますが、殆どと云って良いほど当日の朝に行われます。
執行直前まで告知されないと云う事は「今日こそわが身か」と毎朝、恐怖とともに目覚めなければならないと云われます。
現在では日本における死刑は絞首刑が採用されています。
これは、今から千三百年も前の大宝年間に「大宝律令」が死刑を定めた時点で斬殺とともに決められたとの文献にもあります。

誤判・冤罪事件で死刑判決を受けた者の胸中や心の叫びは想像を絶するものがあります。
そして、あまりにも深い悲しみがあります。
その怒りや悲しみは第三者にははかり知れないものがあります。
犯罪によって故なく近親者の命を奪われた被害者の悲しみと憤りも共通する心情としてあります。
「もし自分が被害者の家族だったら…」 被害者感情が量刑の一つとして取り上げられています。
犯罪の外形的な部分だけを強調し、残虐性を印象づける様な犯罪報道が増えつつある今その情報を受け取る物の思考を停止させる傾向はないでしょうか、死刑問題を「他者の命を奪う事に対しては自らの命をも差し出さなければならない」と云う観点からのみ論じてしまえば、そこには復讐と応報の感情しか残らないような気がしてなりません。
多くの刑法学者の方は「罰する事自体に意味を見いだす絶対的応報」として捉えている訳でもなく、死刑存置論を支える根拠にその抑止力をあげています。

死刑制度が終身刑よりも大きな抑止力を持つか否かは科学的には証明できてはいません。
そうなってくると純粋な抑止力の主張は根拠を失い、応報的要素を考慮する傾向が強くなってくるのですが…、
死刑に相当する様な犯罪を犯した者が、実際に刑に処せられた時に本当に被害者遺族の心は救われるでしょうか?

『仕返しためみ人を殺しても私の娘は取り戻せません。殺す事が正当な報復だという意見は娘のはかり知れない価値をおとしめるものです、むしろ、私はすべての命は尊いものであり守る価値のあるものだと主張する事によって娘の命を尊重したい。』
 マリエッタ・イェーガーさんの言葉です。 彼女は愛児を殺害されると云う悲惨な経験をしています。
私たちはもっと積極的に死刑問題を考えなければいけないと思っています。

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プロフィール

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愛知県出身 1983年愛知県「半田保険金殺人事件」で末弟を殺され、事件後十年目、加害者と被害者遺族として異例の面会に臨む。以後、彼の死刑停止および面会継続を求め活動を開始、現在は死刑制度に深い関心を寄せながら犯罪被害者の救済支援および確定死刑囚との面会の自由を主張し講演活動など行っている。2010年脳梗塞を患い,
言語・右半身を失い活動を一時休止に追い込まれましたが2013年に復活,現在は『宮崎事件』、 冤罪と云われる『福岡事件』に取り組んでいる。「望むのは死刑ですか…、」シネマトークに参加する。

著書に「弟を殺した彼と、僕」ポプラ社、2004年8月・・など、
ー被害者と加害者との出会い考える会ー
「Ocean」を設立。

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