大事なのは『人権』?それとも 『和』?

聖徳太子が17条憲法を制定した話しは有名な話ですが、当時の政治家や官僚に守るべき心得を示唆ものである。
その第一条に「和を以て貴しと為す」とある。
この「和の精神」は太子が帰依していた仏教と中国から伝来していた儒教の融合から生まれたです。
日本人は「和」をよりどころにしている民族なので、歴史の中でも秩序を乱した人に対しては、随分と重圧を加えて来ました。
「和」を乱した誰かを「悪い者」にしてしまわないと、それ以外の人が安堵出来ないのでしょう。
今の日本では、死刑制度に限らず、法律は誰の事も救ってはくれません。
被害者や加害者など、弱い立場の者が追い詰められて行くのです。
法律という「鎧」を着て、法律に守られているのは、私たちではなく、実は法務省のお役人など政府関係者なのです。
法律というものは国民を守る為にあるべきですが、今の法律のあり方は本来の目的から外れていると感じがします。
死刑制度も、それがある事で一番ホッとするのは本当は被害者でも国民でもなく、国の威圧力を誇示できるお役人では無いでしょうか、
さまざまな大義名分とは全く別の次元で、死刑制度は維持されているのです。
一方、世間の人たちも、「悪い事をした人ひとりが全部悪いのだ」と云う事すれば落ち着いてしまうと云う現状があります。
何か凶悪な事件が起きた時には「あんな奴は死刑にすれば良い」とか「死刑になってあたりまえ」などと無責任な発言する人さえいます。
その、裏には日本人独特の性質があるのではないかと思います。
その様な考え方の上にあぐらをかいていてはいけないと思います。
個人よりも「和」が重視され、和が人権を侵したり、人の命を奪ったりすると云う現実がある事を忘れてはならない。
それはとても恐ろしい事だと・・・、一人ひとりの権利や命について、もっと真剣考えていく必要があるとおもいます。
プロフィール

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愛知県出身 1983年愛知県「半田保険金殺人事件」で末弟を殺され、事件後十年目、加害者と被害者遺族として異例の面会に臨む。以後、彼の死刑停止および面会継続を求め活動を開始、現在は死刑制度に深い関心を寄せながら犯罪被害者の救済支援および確定死刑囚との面会の自由を主張し講演活動など行っている。2010年脳梗塞を患い,
言語・右半身を失い活動を一時休止に追い込まれましたが2013年に復活,現在は『宮崎事件』、 冤罪と云われる『福岡事件』に取り組んでいる。「望むのは死刑ですか…、」シネマトークに参加する。

著書に「弟を殺した彼と、僕」ポプラ社、2004年8月・・など、
ー被害者と加害者との出会い考える会ー
「Ocean」を設立。

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